*novel touya2.*
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頭に衝撃が走った。一瞬にして脳が覚醒して跳ね起きる。
それと同時にその場から飛び退いた。
瞼を開ければ、そこに木漏れ日などではなく、朱い赤光だった。
不吉なほど朱い空間。目眩がするほど鮮やかな色だった。
 そこに長身の男が立っていた。ある種の殺気を纏い、俺の目を見ている。
「ようやく起きたのか・・・・・・呼びかけても起きないから蹴っちまったよ」
 ため息を一つついて、ゆっくり近づいてくる。
朱い日に照らされなお銀糸のような髪と、紺碧色をした瞳。
日本人らしからぬソイツは俺の目の前まで歩を進めた。
「全く・・・・・・お前に起こされるなんて最高の目覚めだな。御船」
「ハ・・・・・・そんなに俺のモーニングコールがお気に召したのなら、
毎朝起こしに行ってやろうか?」
 フンと鼻で笑いながら、最低の提案を申し出てくる我がクラスメイトにして悪友。
御船円(みふねまどか)。銀髪と外人のモデルじみたスタイルの良さをしているが、
れっきとした日本人だ。ちなみに両親も日本人である。
 代々御船家は、この町の神社の神主をしているらしく、稀に遺伝で
こいつのような神子(みこ)が生まれてくるらしい。
「不破、お前今日の掃除さぼりやがって。お陰で俺が駆り出された」
 御船は不機嫌そうに腕を組んで、俺を睨んでくる。
「う・・・・・・そういえば今日掃除当番だったな。悪い、忘れてた」
 御船に気付かれないように、警戒していた身体の力ゆっくりとを抜く。
「まぁ、いいけどな。代わりと言ったら何だが・・・・・・どうせ真っ直ぐ帰らないだろ。
だったら家によってけ」
御船の提案を受ける。学生なら普通の誘い。
 だが、俺は真っ赤な風景は一瞬にして漆黒の暗闇に堕ちた。
額に嫌な汗さえ浮かぶ。
「まさか御船・・・・・・いくらなんでもそれは割に合わない」
「聞こえねーな。大体アレを止められるのはお前しかいないの、解ってんだろ?
 と言うか強制だけどな」
「まてよ・・・・・・流石にアレは・・・・・・・・・」
「諦めの悪い奴だな。まぁ、諦めろ。逝くぞ」
 抗議をする暇もなく制服の襟を掴まれる。こうして、
楽しい御船家煉獄ツアーが始まろうとしていた。


流石に一般生徒は下校し終えたのだろう。
通学路には学生服は少なく、閑散としたものだった。
「ところで不破。綾さん元気してるか?」
「あ? あぁ、元気してるよ。今日寝坊しただかで俺の朝飯と弁当は抜きだったけど」
 御船の隣を歩きながら質問に答える。
 因みに『綾さん』というのは姉の名前だ。
   「そっか。じゃぁ、この前の放課後手伝ってくれてありがとう。って言っといてくれ」
「何だよ? 同じ生徒会役員だろ。自分で伝えればいいじゃないか」
 怪訝な顔で御船を見た。気のせいだろうか、
御船は顔に熱を持っているように見える。
「・・・・・・おい。まさか、最強最速にして、世紀の女喰らい。
神薙の色魔(インキュバス)こと御船円ともあろう者が? そんな幼稚園児の
飯事のような情緒に、恥じらいでも持ってるなんて言う冗談、よしてくれ」
 言いたい放題のことを吐き捨てる。
目の前の青年は怒りとも戸惑いとも言えぬ表情でこちらを睨んでいた。
「そこまで言うか? 大体、俺だって手を出してない女くらいいるっつーの」
「あぁ、いるね。けどそれ、相手には失礼だけど、
世間一般で言う下のクラスと、真弓くらいだろ」
「あのなぁ、そりゃ普通だろ? 友達の彼女とブスなんかと付き合うなんて
アブラが結婚するくらい俺の中じゃありえねぇって」
「人の彼女は駄目で、姉は良いのか・・・・・・」
 そう呟いた後、神社から一番近い曲がり角を抜けた。
直射で沈む夕日の朱光を浴びた。
・・・・・・少し冷静になり考えてみる。
彼女? 友達の彼女って誰のことを射しているんだろう、と。
 隣に立つ色魔も夕日が眩しかったのか、額に腕を翳していた。
 こちらにとびきりの厭な笑顔を向けて。
「ナルホドね。やっぱりお前と立川、付き合ってたのか。
危ねぇアブネェ。やっぱり手を出さなくて正解だったな」
「ッな!?」
「いやー、なかなか居るモンじゃないぞ、あんくらいのは。
で、挙式はいつだ? なんならウチで祝言挙げるか」
 先ほどの仕返しと言わぬばかりに勝手まき散らす悪友。
そんなやりとりをしている内に長い式壇を登り切り、境内に入ろうとしていた。
「・・・・・・やっぱり俺、急用思い出したから帰る」
「残念。もう遅いぞ不破」
 瞬間20センチの身長差であっさりと首袖を掴まれ、学校での再現となった。
ただ違うのは、今回は地獄に直行ということだろう。


「ま、適当にくつろいどけ。とりあえず着替えて準備してくるわ」
 反論も抵抗も許されぬまま、母家の一室へと置いていかれた。
相変わらず、御船の神社は広く厳格な雰囲気で包まれている。
 夏祭りや、なにかの催し物があるときは賑わいを見せる。
だが今は広い空間が静を喚んでいるように思える。
 この空気はどことなく凪咲と似たものだと感じた。
とたとた足音が聞こえてくる。
足音は部屋の前で止まり、衣類の擦れる音と同時に襖が開いた。
初めて神社を訪れ、この少女をを見たなら時代を超えたとさえ錯覚するかも識れない。
そんな、和服姿の見知った少女が、行儀良く正座をして座っていた。
「お久しぶりです、不破先輩」
極上の柔らかい笑みを浮かべ、鈴とした可愛らしい声で挨拶をしてくる少女。
 華奢な体がまだ幼さを物語っている。
生まれつきと思われる白い肌がお淑やかを更に醸(かも)し出していた。
和服と銀の髪というアンバランスが妙に魅力的でもあった。
「はい、こんにちは。お久しぶり月読(つきよ)」
 先ほどの月読とは対象にどすどすと鳴らして少女の後ろから御船が現れる。
「何だ・・・・・・もうここに来てたのか。ったく、探したぞ月読」
 まったく・・・・・・この兄妹を見ているといつも考える。
不公平だということと、この兄妹は本当に日本人か、と。
「兄様・・・・・・ごめんなさい。不破先輩に早く会いたくて兄様を待てませんでした」
 本当に申し訳ないことをした、という顔で御船に向き直る月読。
 その仕草ですら可愛いと思う。
「まぁ・・・・・・別にいいんだけどな」
 御船はバツが悪いと言った表情で、俺の隣に座った。
 それを見て月読も部屋に入り、ゆっくりと襖を閉める。
そして俺達の目の前に正座した。
「今日はわざわざ月読に会いに来て下さって、ありがとうございます」
 恭(うやうや)しく頭を下げて茶碗を用意してくれた。
 静かに茶を研ぐ月読を前に、自然と姿勢が正される。
 隣の御船はと言うと、胡座をかいて俺の顔をじっと見ていた。
「どうした? 俺何か変か?」
「いーや。何も、ただ俺の方としては物足りないと思ってな」
「あのなぁ・・・・・・アレが起きないなら、それに越したことはないじゃないか」
御船は残念そうに、お前がうろたえる姿が見たかった。
なんてことをしれっと言ってのけた。


「結構なお服加減でした」
「お下げします」
月読がといてくれた茶を飲み終えたとき、冷たい風が吹き込んできた。
外に目をやる。辺りは朱光ではなく、御船兄妹の銀糸のような光が降り注いでいた。
「おっと・・・・・・もうこんな時間か」
 御船は時計を見て少し驚いていた。つられて時計を見る。
「本当だ。流石に帰るかな、姉さんも部活から帰ってきてるだろうし」
 側に置いてあった鞄を持って、ゆっくりと立ち上がる。
「不破先輩、今日はお帰りですか?」
 悲しそうな顔をして上目遣いに見てくる月読。
もう少し居てやりたい気持ちもあるが、流石に帰らないといけない。
「うん、今日はもう帰るよ。お茶ありがとう、美味しかった」
「よかったらまたいらして下さいね。月読は待ってますから」
 そう言って襖を開けてくれた。俺はまた来るよと言って部屋を後にする。
「俺不破を下まで送ってくわ。月読、悪りぃけど親父と母さんの手伝い先にしててくれ」
「はい、兄様」
「つーわけだ、ちょっと下までいくか」
御船に促され外に出る。外は肌に刺さるような寒さの大気が支配していた。
 見上げれば、少し欠けた出来損ないの満月が浮かんでいる。
「今日は運が良かったなお前も。
正直、俺もアレが出てきたらどうしようかと思っていたが
・・・・・・ま、当たりの日だったって訳だ」
「笑って言ってるけど・・・・・・アレを宥めるの結構骨が折れるんだぞ」
 御船は俺には関係ないね、といった笑顔でいる。
その後明日の学校のことと、今日さぼってしまった掃除当番代行の
報酬として明日の昼を奢る強制をされて別れた。

 自宅まで何の問題もなく着いた。
誰かに付けられている気配や、襲おうとする殺気もない。
とりあえず、昨日審哉が言ったことは信用していいようだ。
 家からは外の闇を切り裂く光が漏れていて、住人が居ることを告げていた。
「ただいま〜」
 鍵を開けて、靴を脱ぐ。
いつも通り、台所の方からスリッパが小走りする音が聞こえてきた。
「おかえりなさい。もう、こんなに遅くまでどこに行ってたの龍君?」
 玄関と居間を隔てる扉が開いたと同時に、返事と質問をされた。
今日一日姉さんの姿を見てなかったからだろう、
何も変わらない風景を見て安心した。
「あぁ、ごめん。ちょっと御船に捕まっちゃって。お茶をご馳走になってたんだ」
「ならいいけど・・・・・・あまり御船君に迷惑かけちゃだめよ?」
「解ってるって。じゃあ、着替えてすぐに手伝いに行くから台所で待ってて」
「うん、じゃあ待ってるね」
 なぜか嬉しそうな姉さんは台所の方へと行った。
俺も着替えて手伝いをするため、自分の部屋へ向かう。
 二階へと上る階段で、その異変に気付いた。
恐らくは自分の部屋からだろう、異能者特有である大気の淀みが生じている。
そっと鞄の中にあるナイフを手に取った。
殺気を最大限に押さえ、気配さえ殺し自室のドアノブをひねる。
――瞬間、意識が凍った。
「凪咲、人のベッドの上で何してる?」
 そこには、人のベッドの上で気持ちよさそうに寝息をたてていた凪咲がいた。
あまりのギャップに混乱する。
「ぁ・・・・・・・・・龍鬼・・・・・・様? お帰りなさいませ」
 寝ぼけた声で返事をする凪咲。寝ている間にずれたのか、
着物の間から肌が見えていた。・・・・・・こんなことを予想どころか、
空想、夢想すらしたことがないので言葉が出ない。
「・・・・・・とりあえず、衣を直せ」
 やっと出た言葉がこれだった。
暫くして意識がはっきりしてきたのか、次の瞬間には普段の凪咲に戻っていた。
「申し訳御座いません。 龍鬼様に渡したい物があり、無断でこのような行為に及んだことをお詫びします」
「今度からは家には入るな。奴等を探しているときにでも渡せただろ」
「はい。あと、龍鬼様のお家を拝見したく思ったので」
「心配しなくても、簡易結界くらいはちゃんと張ってある」
「そのようで、安心しました」
 凪咲は表情一つ変えずに言った。
本当に安心しているのか怪しいが、いつもの彼女なので問題はないだろう。
「龍く〜ん!? ご飯出来たよー!」
 下から姉さんの声が聞こえてきた。
部屋まで上がってくることはないが、
着替えにしては時間がかかりすぎているのも確かだ。
「今日も奴らを捜す。渡したい物があるならその時にしてくれ」
「・・・・・・わかりました。では、後ほど相見えましょう」
 そして、聞き取れない何かを呟いた後、凪咲は部屋から消えた。
急いで着替えて、居間へと走る。
 姉さんは遅いよ〜! と顔で抗議しながらも、
食事には手を付けないで待っていてくれた。
「遅くなってごめん」
「私お腹空いちゃったよ。早く食べよ?」
 すぐに椅子に座る。と同時に二人でいただきますをした。
「今日の朝はゴメンね? 久しぶりに寝坊しちゃって
お弁当と朝ご飯作れなかったの」
「あぁ、気にしなくてもいいよ。昼は何とか食べたから。
あ、それと御船がこの前の放課後ありがとうだって」
「御船君が? そっか・・・・・・あれくらい別に良いのになー」
「まぁ、あいつも姉さんを狙ってるみたいだしね」
「またまた〜! 御船君もてるから私と何かじゃ釣り合わないよ」
 しれっとこんなことを言う姉。
因みに御船情報でいつ、どのような方法で行われたのかさえ不明な
校内極秘調査では、姉さんは三年連続で男子の人気ナンバーワンだそうだ。
「姉さん自覚してないだけだと思うな」
「う〜ん・・・・・・あ、でもね?
  今日新しく部活に来た狭樹ちゃんって子、とっても可愛いの」
「あぁ、真弓から聞いたよ。
この時期に転校してきて、すっごくかわいいって自慢してた」
 自分でも驚くぐらい普通に返す。
心の中では暗い何かが急速に渦を巻き始める。
それは、異端者としての不破龍鬼の目覚めに他ならない。
その衝動を姉の前で必死に押さえ、食事と会話に専念する。
「あー! そういえば真弓ちゃん怒ってたよ?
  何でも龍君、狭樹ちゃんにちょっかい出しに行こうとした。とか何とか言って」
「気にしなくても良いよ、真弓お馴染みの暴走だから。
ただ、そこまで可愛いって言うものだからどんな子かな、って思っただけ」
「そうなんだ? あ、それでね。
狭樹ちゃん弓初心者って言ってるのに凄く上手くて・・・・・・・・・・・・」
 目の前の姉さんは長月狭樹の上達の早さを、
自分のことのように嬉しがっていた。それも今の俺には聞こえない。
適当な相づちは打つが、今夜のこれから起こる出来事に胸を躍らせていた。

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