*novel touya2.*
.。.。。。。。。。。。。。。。。。

突然ですが、私(わたくし)こと不破龍鬼は、
まだ朝靄の陰りが残る住宅街を、激チャリしている。
 思えばあの選択が総ての悪夢の始まりだった。
今更悔やんでも、元に戻ることのできない断罪不能な過去。
今でも脳裏に焼き付いて、離れない。
  ――3時間前。俺は昨日の疲労も取れず目を冷ました。
あの場を後にし、姉を起こさないように自分の部屋に入って倒れた。
 寝ぼけた耳に、カチッカチッと規則正しい音が聞こえてくる。
音を発する物が時計だと気付き、目を移す。
・・・・・・時刻はいつもよりも30分も早く起きている。
 奇跡だ。大抵あんなことがあった次の日は、
お天道様が真上に来たとき目覚めるのが普通だった。
 眠気覚ましがてら目を擦り、牛乳を取りに玄関から出た。
外には人影はなく、冷たい外気に少々嫌気がさす。
 今日は疲れてるし、本気で休みたい。などと考えてみたが休めない。
無断欠席・早退・遅刻・授業放棄エトセトラ、エトセトラ・・・・・・・・・・・・
普段から快く思わない教師が多いだろう。
これ以上自分を不利にするのは決して賢くない選択だった。
 が、あの教師達の顔と、授業内容を思い出す。
すると、何故か授業を休み、昨日のあいつらを探した方が有意義に思えてならない。
 いらない雑念を消すために、牛乳を一気飲みすることにした。
正式なスタイルに構えを取る。
左手は腰骨の位置。牛乳の瓶を持つ手の角度は45度!
我ながら完璧な体制で一気に飲み干す。
・・・・・・決してご近所の眼何て、気にしない。
どんなにしらけた目で見られようともいいさ。
これは俺の日課だから、辞めるわけにはいかない!
などと、近所のおばさんの痛々しい視線を感じながら、家へと入っていく。
 さて、一日の始まりだ。
家の中に戻り両親の位牌に手を合わせる。
写真はあるのだが、顔が良く思い出せないが。
俺が7歳の時に事故で死んだと言う。両親の記憶は、霞がかったように不透明だ。
いや、言うなれば7歳以前の記憶が霧がかっている。
 しばらく考え込む。辺りは水を打ったように静かだ。
・・・・・・そういえば静かすぎる。
この時間帯なら、姉さんが起きていても良い時間帯だが。
何か言い知れない不安がよぎる。次の瞬間、二階への階段を駆けていた。
怒られても構わない。姉の部屋が見えた、木製造りのドアを壊す勢いで開ける。
中には誰一人いない。
微かに残る柔らかな臭いとは対照的に、姉の部屋は乱れていた。
姉は登校するとき必ず身の回りは整頓して出ていく。
――ありえない。訳がわからない。ナンデネエサンハイナイ?
 腹が減っていたようだが、今はそんなこと、どうでも良い。
何の考えもなく、居間の方へと移動した。
 居間は荒らされた形跡はなく、空気は動いていなかった。
ふと目に入ったのはテーブルの上に置かれてあった紙切れ。そこには唯、一言。
『部活の朝練に行ってきます。
ちょっと寝坊しちゃって・・・・・・龍君の分の朝ご飯作れなかった。
てへっ☆ ゴメンね〜♪  お姉ちゃんより』
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、つまりはこういうこと。
「変な四分音符や星マークを書く余裕はあったのに俺の朝飯はない、と」

  ボソッと呟く。
激しく本能が『突っ込むところが違う』と訴えかけているがこの際だ。
無視する方針で決定した。
 朝から階段を一跳躍で駆け上がったり。
ドタバタといらない心配をしたせいで腹が痛い。
とにかくこのままでは落ち着いて登校もできない。
薬を飲むことにする。普段薬を飲まないので、
適当な瓶を手にして用法・用量も読まず、適当に三錠ほど口の中に入れた。
2時間後に目覚めたとき、手に握られていた瓶のラベルは、睡眠薬と書かれていた。
 ・・・・・・そんなこんなで激チャリをするハメになってしまった。
しかし、我ながら素晴らしい体だ。睡眠薬を飲んで二時間で目が覚めるとは。
自画自賛をしていたが、結局学校に着いたのは3時限目の頭だった。
 ところが、その時間登校してしまった俺は、運が悪い。
普通の先生なら何とか言い訳ができたのだが、相手が悪かった。
薄くなった髪を、無理矢理七三分けした頭。
毎日何カロリー摂っているのか判らない腹。
テカテカ光った顔と耐え難い口臭。
これらの総てを合わせ持った最強の天敵。通称『アブラギッシャー』
こいつが怒り出すと、とてつもなく長い説教が始まるため、その授業は潰れる。
 そのため大抵の他の生徒はつまらない授業が潰れ、喜ぶ者も多い。
しかし、怒られる当事者はこの上ない地獄を見ることになる。
案の定、教室に入るなり『お前は遅刻しすぎだ!』だのなんだの、と散々怒られた。
 三時限目終了のチャイムが鳴った。
それと同時に、ゴメンナサイと棒読みで言って頭を下げる。
先生は深いため息を一つもらして、教室を後にした。
 朝から激チャリをして、教室では立ちっぱなしで説教を受ける。
健全な高校生である俺は、足がくたくたなので早く座りたい。
 そんな俺に、今、この瞬間一番関わりたくない奴から声を掛けられた。
「龍鬼、また怒られてたんか? ほぉんと遅刻常習犯やねぇ」
 何で今日はこんなについてないのだろう?
  というより、何故関西弁なのだろう? ジロリと声の主に視線を移す。
立川真弓(たちかわまゆみ)。俺から見ても、顔立ち、スタイル共に良いと思う。
それに付け加え、性格も明るいし面倒見がいい。
・・・・・・一部というか俺を除く話だが。
 そのため、周りの男は喧しいくらい真弓にお熱だ。
最近メガネからコンタクトに変えて、更に人気がUPしたらしい。
 そんな真弓も俺にとっては、唯の腐れ縁のお節介焼きでしかない。
「ウルサイ。関西人でもないのに、下手な関西弁なんか使うな」
「あぁ、幼なじみの男の子が、今日も遅刻して進級できるか心配してるのに
・・・・・・そんな言い方されるなんてショックだわ」
 よよよ。と泣き崩れる仕草をとる彼女。
・・・・・・何がやりたいのだか、意味が分からない。
「関西弁の次は泣き真似か!? オマエ演劇部にでも入ったら?」
「いーだ! 私は弓道部を辞めたりし〜ま〜せ〜ん」
「誰も辞めろなんて言ってねぇよ。掛け持ちすればいいじゃん。
つーか、勝手に俺の鞄開けんなぁー!」
 慌てて自分の鞄を奪い取る。幸い、鞄は開けられたものの、
中身は見られてはないようだった。
「いいじゃないの、ケチ。この前みたいにヘンな文字書いた紙無いの?」
「このヤロッ! 何、人がいないとき勝手に、鞄覗き見してやがる」
「こんな事で怒るなんて・・・・・・心の狭い人になったね、龍鬼」
「だぁぁぁーー! ほっとけ、俺に構うな、向こうに行けー!」 
   いい加減疲れてきた。真弓は基本的には明るい。
だが、今日の真弓は異常なくらいにテンションが高すぎる。
「まったく・・・・・・何で今日はこんなにテンションが高いんだか」
「えへへー、聞きたい?」
「人の独り言に突っこむな。それに向こうに行けって言ったのに、
何でまだ俺の隣に座ってるんだ?」
「あ、そーゆー言い方するんだ? いいよ、龍鬼には教えてあげないから」
「はぁっ!? 何でオマエがそこですねるの?」
「ふんっ! 知らない」
「悪かったよ、機嫌直せ」
 下手に出てみる。そんな俺を無視して真弓はそっぽを向いていた。
このままではまずいことになる・・・・・・宿題などを忘れたとき、
誰に写させて貰えばいいのだろう?
 少し不本意に思うが、真弓の機嫌でもとるしかない。
「あ〜・・・・・・真弓のテンションの高い理由が知りたいな〜」
「む」
 よし、餌に食らい付いたみたいだ。少し真弓の眉が動いた。
「気になって、授業中とか夜も寝れないかもしれないし。困ったモンだ」
「むむ」
 更に彼女の眉毛は更に動く。効果音を付けるなら、ピクピクと反応していた。
「でも、肝心の真弓が教えてくれないんだったら・・・・・・諦めるしかないか」
 わざとらしく大げさに首を振ってため息をついた。
それが引き金となったのだろう。
彼女は遂にこらえきれずに、俺の方へと向き直ってきた。
「しょうがないな、龍鬼も。そんなに知りたいなら教えてあげるわ」
 どうせ授業開始のチャイムまで、後1分もない。
適当に聞き流す方向で俺の脳はまとまった。
「実はね〜。今日、新しく弓道部に入部したいって子が来たのよ」
「へ〜・・・・・・弓道部に、ねぇ」
 正直な話、この学校の弓道部は廃部寸前にあると聞いた。
実力的には何ら問題がないらしいが、部員がイマイチ足りないらしい。
更に、追い打ちを掛ける様に、顧問の先生が産休で暫くいないときている。
そんな時に、新入部員が入部というニュースは、副部長の真弓には嬉しいのだろう。
 現に、目の前のニコニコ顔の女を見れば、
どれだけ嬉しいかが想像ついてしまうのだが・・・・・・。
「んで? そのありがたーい新入部員さんはどちら様?」
「それは・・・・・・」
 真弓が少しポーズと取って答えようとした瞬間、
授業開始のチャイムが鳴り響いた。
 内心かなりホッとした。長くなると容易に想像できる真弓の話に、
早めの終止符が打たれたからだ。
だが、真弓は席に着く前に『授業が終わったら話すから、どこにも行かないでね』
とクギを刺されてしまう。
 正直、真弓の長い話に付き合わされ、貴重な昼休みが潰されるのだけは御免だ。
そんな俺を知らず、四時限目の学科担任が来て無駄な時間は幕を開けた。


 教卓ではしきりに声がたれ流れてきているが、耳には入っていない。
いや、理解しようとしていなかった。
 窓の外を眺める。つまらない時間の中でも、
この空を一望できる席にいることは幸運だと感じる。
何を思うでもなく、下らない時間に潰されそうになりながら、流れていく雲を見た。
雲は吸い込まれそうなくらい蒼い空を蹂躙した後、風に乗り流れ、視界から消えた。
 それを見てふと思った、昨日のような非日常的なことがあったのに、
こうして日常に在る俺は、俺なのか、と。
 本命に当たったのは、昨日が初めてだった。だが、
昨日のようなことは初めてではないとしても、
慣れることなど無いはずだ。そう思っていた。
だが、そんな今日ですら何も変わらないかのように学校に来ている。
 否、最初の時も学校には来ていたが、気が気ではなかった。
学校にいるときは良かった、だが夜が近づくにつれ、
恐怖は増して気が触れそうになっていた。
 今の俺は夜が待ち遠しい。あの眼に痛いくらいの月夜が狂おしい。
世界が一つになっているあの闇夜が心地良い。
 ・・・・・・心のどこかで囁いている自分がいる。
この日常は日常ではない。この瞬間こそが非日常なのだ、と。
 朝起きて姉と交わす挨拶も、教師に説教される俺も、
教室の雑踏の中にいる自分も、真弓と話すことでさえも。総ては、日常に非ず。
   「・・・・・・らぁ、不・・・ぁ! 授・・・・・・・・・ボーっとす・・・・・・な!」
 ・・・・・・煩い奴だな。下らない存在であるお前に、
ボーっとしているなどと言われるのは、心外だ。
「聞いているのか? お前が朗読する番だ、早く読まんか、
いつまで外を見ている!?」
脆くて脆弱な存在のくせに口だけは一人前か。在るべき所に還してやろう。
耳障りな音を発するモノを見る。と同時にソレを壊すべく、全力の殺気を注いだ。
「っ!? か・・・・・・はっ・・・・・・!」
 やっと音は収まった。でも何て脆いんだろう。
触れる前から壊れかけてるなんて。でも、まだアレは壊れちゃいない。
完全に壊さないと、またあの煩い音を出すか判らない。
・・・・・・なら、直接この手で完全に・・・・・・・・・・・・!
――授業終了のチャイムが鳴った。
 刹那、我に返り殺気も消えた。
いつの間にか拳をつくっていた手は、血が流れていた。
目の前では先生が、数人の生徒に囲まれ荒い呼吸をしていた。
――快楽と恐怖は紙一重。
・・・・・・俺は一体何をしていたんだろう? 自分でも自分が判らないときがある。
もう本当の俺の自我なんて消えているのかも知れない。
 暫くして先生は立ち直り、授業は幕を閉じた。


   あんなことがあって余り気が進まないが、昼食を買いに行かなくては。
食べるものを食べておかなければ、いざというときに体は動いてくれない。
 だが、教室を出ようとした俺に最強の障害が立ちふさがった。
「ちょぉ〜っといいかな? 
龍鬼君・・・・・・あたしとの約束忘れてどちらに向かうのかな〜?」
 無理矢理作った笑顔で、俺に迫ってくる真弓ちゃん。
そういえば長話があるのをすっかり忘れていた。
「あ・・・・・・いえ、ちょっと購買まで昼食を買いに・・・」
「はいはい。その言い訳はこの前使ったでしょー?
龍鬼から話聞きたいって言ったんだから、諦めてこっちに来なさい」
   あっさり腕を掴まれ結局、その日購買へと辿り着く事はなかった・・・・・・。
「あー、もう。昼飯ぐらい買わせろっつーの!」
「そんな事言って、この前はその後戻ってこなかったでしょ?」
「大体、お前俺なんかと話してないで、友達と飯食えばいいじゃん。
誘われてたんだろ?」
「今日こそは龍鬼を弓道部に入らせる、って言ったら友達も判ってくれたもん」
「俺は弓道部なんか入らないって!」
「なんで? そんなに才能あるのに勿体ないなぁ」
 彼女はもはや俺の話を聞く耳持たず、俺の机に弁当箱を広げていた。
「部活なんて、俺の性に合わないからだよ。それに姉さんもいるし。
まぁ、話しがあるならさっさと話してくれ。まだ残ってるパンがあるかもしれないから」
 真弓の弁当を広げていた手が止まり、俺の顔を見た。
「え? 龍鬼お弁当持ってきてないの?」
「だから購買に行く、って言ったじゃないか」
「そう、なんだぁ・・・・・・知らなかった。ごめん、龍鬼」
「う・・・・・・別にいいって。一食抜いた位じゃ死なないし」
 こうも素直に謝られると、強く言えない。
何より、謝ったときのしおらしい真弓は、何だか苦手だ。
「ねぇ? 私のお弁当、半分食べていいよ?」
「いらない」
「ほほぉ、人が好意でいってるのに、それを・・・・・・」
「いただきます」
 即答する。一瞬だが、真弓は昨夜の審哉を軽く越えた殺気を出していた。
本能が危険を察知してくれて、口が即答していた。
「最初から素直に貰うって言えばいいの! でも、言っとくけど半分だけだからね」
「タコさんウインナー。卵焼き。のり玉ふりかけ付きご飯。プチトマト。
ウサギ型に剥いたリンゴ・・・・・・お前何歳だよ?」
「ウルサイ! 口に出して言うな!」
 鈍い音と共に、後頭部に鋭い痛みが走る。一瞬、目の前が真っ暗になった。
何とか意識が飛ぶのを堪え、涙目になりながらも、一応の義理で真弓に質問をする。
「それで、さっきの話の続きは?」
「あ、うん。どこまで話したっけ?」
「新入部員がどーのこーの、ってとこまで」
「そうそう。でね、その子何と一年生なのよ!」
 上機嫌に話しながら、弁当を突っつく彼女。
見ているとホントに嬉しいのが伝わってくる。
「へぇ〜・・・今の時期に入部してくるなんて、変わったヤツだな」
 真弓のお言葉に甘えて、俺も弁当を突っつく。
・・・・・・ウム、なかなかの味、手作りと見た。余は満足じゃ。
 俺の感想を無視して会話は進んでいく。
「当然よ。だってその子、昨日転校してきたばっかりだもん」
「ふ〜ん・・・・・・何て名前?」
「えぇ〜と・・・長月狭樹(ながつきさき)さん。幼顔で可愛いわよ〜。
龍鬼のお姉さ・・・先輩にはかなわないけど・・・・・・」
 周りの音が途絶えて、心臓がひときわ大きな鼓動を出す。
血が逆流してしまいそうな感覚を押さえて、努めて冷静に尋ねた。
「でね。その狭樹ちゃんが凄く運動神経良くて・・・」
「真弓。そいつのクラス何組だ?」
「え? どうしたの、龍鬼?」
「教えてくれ。何組なんだ」
「え、えっと・・・・・・1−Fだけど? 私何か言った?」
「いや、気にしないでくれ。ありがとう」
「血相を変えてどうしたの・・・・・・?」
 真弓は考えこんだ。
「あの龍鬼が珍しく女の子の話を聞いて、血相を変えた。となれば・・・・・・」
 そしてある仮説に辿り着いたようだった。
「そんな、まさか・・・まさか龍鬼・・・・・・ロリコン!?」
 だが、その答えは真実とは限りなくほど遠いものだった。
答えることもしないで全力で1−Fへ走り出した。


 校内は雑踏が支配していた。
この時間なら、生徒の大半はまだ食堂で昼食をとっているのだろう。
 しかし、廊下にまったく人がいないわけではない。
移動する者や、廊下で溜まってる者もいる。
 そんな少数の人間すら、今は無性に邪魔に思えた。
心臓の鼓動が早い。走っているせいではない。
言うなれば俺は興奮しているのかもしれない。
 更に鼓動は強く、速く、脈打つ。確証を得たわけでもない。
昨日と偶然、同じ名前の女の子なのかも知れない。
だが、確認せずにはいられなかった。
 だが、会ってどうするのだろう? 俺はこんなに人がいるところで始めるのか?
いや、そんなことは解りきっている。出逢った瞬間に、無に還す。
 気がつけば目的の場所までたどり着いていた。近くの生徒を捕まえ、尋ねる。
「おい、1−Fの長月狭樹いるか?」
 下級生はパニックに陥っているようだ。
いきなり不躾な態度での質問、更に相手が見知らぬ
上級生とくれば一般的には当たり前なのだろう。
だが、今はそんなの気にしている余裕はない。
「はぃ? えっと・・・・・・は?」
「だから、長月狭樹はいるかって聞いているんだ」
 運悪く捕まり、訳も分からず下級生は慌てて答える。
「な・・・・・・長月さんは俺のクラスにはいません」
 捕獲した下級生は無茶苦茶だ、という表情で見ていた。
  「そうか・・・・・・いや、もういい。ありがとう」
 下級生は、目の前の逝っちゃってる上級生と、
これ以上関わりを持ちたくないと思ったのだろう。逃げ去った。
当然の反応といえば、反応ではあるが。
 こうなったら直接教室に入るしかないようだ。
ため息を一つついて、1−Fへと歩を進める。
   教室の中は上級生が入ってきたので反応は様々だった。
触らぬ神になんとやら、と言った様子や物珍しげにジロジロ見てくる奴。
中には教室から出ていく者もいた。
 しかし、その中に昨日の女の子の姿はない。
女子を一人捕まえて聞いてみることにする。
「ちょっと聞きたいことが在るんだけど、長月狭樹って何処にいる?」
 この女生徒も訳の分からない
先輩とは関わりたくない、と口で言わずとも顔に色濃くでていた。
「狭樹ちゃん今いません」
「またか・・・・・・どこ行ったか知ってる?」
「狭樹ちゃん転校してきたばっかりだから・・・・・・
行きそうな場所が判るほど仲良くないです」
「そうも甘くいくはずはない、か」
 舌打ちをした瞬間、教室の扉が勢いよく開け放たれた。
反射的に扉へと視線が移る。
「ハァーハァー・・・・・・・・・・・・ふー・・・・・・。やっと追いついた・・・・・・」
そこには猛ダッシュでもしてきたと思われる、肩で荒い呼吸をしている真弓がいた。
 突然のことに開いた口が塞がらない。
そんな俺の態度を気にしないで、目の前に真弓が腕組みをしながら詰め寄ってくる。
どうやら俺の態度が変だったので追ってきたようだ。
「くっ! 龍鬼ぃ〜、私のカワイイ後輩に手を出そうなんて100万年早いのよ!」
「え?」
 真弓はまだ勘違いをしている。恐らく永遠の勘違いだろうが。
「お前・・・・・・まさか、それを言うためだけに俺を追っかけてきたの?」
「当たり前でしょう!? 
せっかく入部してくれた子に変なコトしたら承知しないからね!」
 ・・・・・・何で幼なじみにここまで言われなきゃならないのだろう?
 と思いつつも、目の前の勘違い王者なら狭樹がどこにいるか
知ってるかもしれないので耐える。
「肝心の探してる子がいないならしょうがないな。真弓、教室に戻ろう」
「まったく・・・・・・なんでいきなり長月さん捜したのか問いつめてやるわ」
「あー・・・・・・却下。弁当の残りをくれたら考えないでもないかな?」
言葉を紡ぎ終わった刹那、日頃弓道で鍛えてらっしゃる強靱な腕を、顔面に貰った。
  「さぁ、何で長月さんを捜してたのか答えてよ」
 手をひらひらさせながら答える。正直に答えても信じて貰えないだろう。
何より真弓を巻き込むのだけはごめんだ。
「こればっかりは真弓にも言えないなー」
  「なによ、それ? そんな戯言が私に通じるとでも・・・・・・」
 少し怒り顔になった真弓をよそに、
さも時間がやばいと言った仕草で、手首に目をやる。
「おっと、もうこんな時間か。俺、用事があったのを思い出した。
先に教室に戻っていてくれ」
 真弓は凍えそうな冷たい目線を俺に向けて。
「龍鬼、時計なんてしてないでしょ?」
 と、一言真弓が指摘をしたときには脱兎の如く逃げていた。
後ろで真弓の裂帛した叫び声が聞こえるが、
気にせずに人気のない場所へと移動した。
 自分の五時限目、学科の単位がやばいことも忘れて・・・・・・


 校内庭園へと辿り着く。ちょっとした林になっており。 木影で昼食をとる生徒や、恋人同士で喋ったりするには丁度いい場所だろう。
俺には縁のない場所なのだろうが。
この時間、当たり前だが普通の生徒は、授業を受けている。
だが、庭園には先客がいた。彼女の周りだけ時がゆっくりと流れている様に錯覚する。
落ち着いた時間の流れの中、彼女は独りで空を見上げていた。
「学校まで来るとはな、俺の力はそんなに信用ないのか。凪咲」
 声をかけると凪咲は少し動揺をした顔で声の主を見る。
「龍鬼・・・様? いつから其処に?」
「・・・・・・珍しいな、凪咲が気配も気が付かなくなる程考え事をしてるなんて」
「・・・・・・いいえ、そんなことはございません」
 いつもの冷淡な口調なのだが生気のない声で返事を返された。
「そうか」
 不思議に思いながらも深く干渉することではない。
適当な相槌をうって少し離れた場所に座る。
一陣の風が吹く。辺りの草花を揺らす。
さぁっ、と凪咲の長い漆黒の髪を撫でていった。
普段、彼女をまじまじと見ることがないので判らないが、長く真っ直ぐに流れる黒髪。
柔らかい水色をした瞳。意志の強そうな唇。きめ細やかな肌。
こうして見ていると、凪咲が幼く感じた。
そこに彼女はいるはずなのに、なぜか背景の一部のような錯覚を覚える。
――純粋に凪咲が美しいと思った。
 そのとき、凪咲がスッと音もなく立ち上がった。
顔を凝視していたのがばれたのだろうか?
「龍鬼様、此度(こたび)無断で龍鬼様の通う学舎に来たことを、深くお詫び申します」
「あ・・・・・・いや。別に気にしてない」
「勿体ないお言葉です。では、私はこれにて下がらせて頂きます」
 太陽の日を遮る木々の木陰に、柔らかな風が吹いた。
ざぁっと揺れる木々に目をやり、凪咲の方へ視線を戻す。
凪咲は初めからいなかったように姿は消えていた。
「・・・・・・今日もあいつらを探さなきゃ行けないことだし。
何より、授業で寝るならここで寝ても問題ないよな」
 口に出して自分に言い聞かせ、程良い木陰で横になる。
葉と葉の隙間から蒼い空が見えた。
 先ほどまで長月狭樹を探すことしか頭になかったが、
今は凪咲の最後に見せた泣きそうな顔を思い出し、眠りに落ちた。

.NEXTV